fragments -葉山 



露出が変だと思ったら電池が弱くなってた。夏だから明るいのかと思ったけど、んなわけないんだな。

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写真が結局モノである以上、さまざまな状況におかれる。シューボックスの中で保管されるかもしれないし、美術館に収蔵されるかもしれない。複製されてチラシや広告となることもあるだろう。売られることもあれば買われることもあり、実用品と思われることもあれば芸術作品と認められることもある。写真が見られる文脈はそこから読み取られる意味に影響する。*p.26,The_Nature_of_Photographs

  fragments -六本木 





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カラー写真は写真のパレットを拡張した。写真に記録される情報の新しいレベルがもたらされ、写真はある意味でより透明になった。というのもカラー写真は我々の視覚により近く、その表面で失われるものがより少ないからだ。そして光の色、文化の色、あるいは時代の色といったものも、カラー写真によって写真の記述対象となった。このアン・チューリンの写真("12・17・1960")の色調は、実際は1980年代の作品であるにも関わらず、一昔前の写真のような感じがある。*p.18,The_Nature_of_Photographs

  fragments -渋谷 




最近地震多いな。

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物理的・化学的な属性は写真の基本的性質に輪郭を与えるものであり、そうした属性は写真画像の性質にも反映している。プリントの特性が画像の視覚的特性のある部分を規定しているのだ。写真用紙の平坦さによって画面の平面性が確立され、プリントが有限の大きさである以上画面の視野はある範囲に区切られたものとなるほかない。そして画像が静止していることによって写真特有の時間感覚がそこに生まれる。コンピューターのモニター上で見る写真でさえ平坦で静的で有限の大きさのものである。モノクロ写真においては、エマルジョンの種類によってプリントの色あいと階調の幅が決まり、そのベースとなる素材によってプリントのテクスチャーが決まる。*p.16,The_Nature_of_Photographs

  fragments -葉山 





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物質的レベル

ほとんどの場合写真のプリントとは、紙やプラスティック、金属などの下地に、感光性の金属塩ないし植物系または金属系の染料と混合された金属塩を含むエマルジョンが塗布されたものである。ときには染料や顔料、カーボン粉末が下地に直接塗布されたり、刷り込まれたりする場合もある。写真は一般に平坦なものである。周囲には縁があり、静止していて動かない。平坦だと言っても完全な平面というわけではない。プリントは幅・高さ・厚みのような一定の寸法をもつ。*p.15,The_Nature_of_Photographs

  fragments -成田東 





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だからこの本の狙いは、写真の内容そのものを検討することではなく、プリントされた写真の物質的な属性と形式的な属性を詳らかにすることにある。それは写真家が写真の内容を明確にし、それを写真に定着するために用いる手段なのである。*p.12,The_Nature_of_Photographs

  fragments -成田東 









切り詰めたテクストだから意訳気味。付された写真が違うことはもちろんテクストの意味をわかりにくくするだろうけど、敢えてやってみると、ズレてるようでもありズレてないようでもあり。

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一枚の写真をいくつかの水準から見ることが出来る。まず第一に、それはプリントというフィジカルな物体である。そのプリント上にはあるイメージがあり、世界のなかになにか窓のようなイリュージョンをもたらす。そしてその水準において我々は画像を読み取り、その内容を見出すだろう。例えば見知らぬ土地の産物であったり、恋人の顔であったり、あるいは濡れた岩やどこかの夜景かもしれない。そしてこの水準にはそうしたものとは別に、我々の精神の感覚器官に訴えるシグナルが潜んでいることがあり、その写真の被写体が何であるか、どうやってそれが撮られたか、といった了解を動揺させる。*p.10,The_Nature_of_Photographs

  fragments -永福町 









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この本は写真の基本的性質を理解するためのさまざまな側面を検討する。結局それは、写真がどのように機能しているか、最高に洗練された美しい写真に限らず、カメラで撮影されるあらゆる写真、ネガから直接プリントされたり、あるいはデジタルファイルからプリントされたりする写真が、どのように機能しているのかということである。あらゆる写真プリントは共通する質を備えている。そうした質はカメラの前にある世界がいかに写真へと変換されるかを規定している。そしてまたそこからある写真の意味を明確なものとするある視覚的文法が形成される。*p.8,The_Nature_of_Photographs

  fragments -麻布 











スティーブン・ショアーの"The Nature of Photographs"にちょっと感銘を受けてしまったので、一節づつ和訳してみようと思う。
基本的に一枚の写真と一節のテクストが対になっているので、この短いテクストだけ取り出して意味をなすかどうか疑問だし、関係ない写真と並べるのもあまり望ましいことじゃないだろうけど、逆に面白いかもしれない。一日一節やればひと月ちょっとぐらいでたぶん終わるはず。

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"The Nature of Photographs"
写真の基本的性質

ここに付されたロバート・フランクの写真は、北ロッキー山脈の落ちぶれた炭坑町をビュート・ホテルの部屋から彼が撮った実際の光景とどのように違うだろうか。このイメージのどれほどの部分がレンズやシャッター、あるいはメディアによるものなのだろうか。そしてあるイメージをこのように定着した写真(固有)の特性とはいかなるものなのだろうか。*p.07,The_Nature_of_Photographs

  fragments -麻布 

  fragments -駒場 



どれもこれもちょっとしか見えてないってのは、別に意味はないけど面白いかも。

  fragments -駒場 

  fragments -代田 



邪道やなぁと思いつつ試しにやってみたSWCのトリミングは、意外にこれはこれで撮りやすい。SWCは判子を押したような撮り方になりがちで、本当の意味で撮れるシチュエーションは限られるけど、最初からそういうつもりであれば水平画角25ミリ相当の645みたいなもので、結局のところプロシフトよりは少し穏やかな広角という感じ。ならば645のバックを使うのがまともな考え方かもしれないが、トリミングの仕方で少しライズ出来るのは意外と使いでがある。こういうことをする人もいるらしいけど、どうなんですかね。
このサイズはディスプレーで見るには大きすぎるんだろうけど、大きくなることでごまかしがきかなくなる難しさは結構良いトレーニングのような気もする。すべてがそこそこうまくいってないと画がもたない。

  fragments -代田 

  fragments -代田 

  fragments -六郷 






  fragments -代沢 




  fragments -代沢 

  fragments -下北沢 

  fragments -下北沢 


  fragments -下北沢 

  fragments -下北沢 



  fragments -六本木 

  fragments -広尾 

  fragments -広尾 

  fragments -広尾 



こういうのちょっとなつかしい感じ。

  fragments -香港 

  fragments -太子堂 



フィルムスキャナー故障。修理が利くだけマシか。コニミノの修理部隊はソニーの下で今でも普通にやってくれる模様。ホルダーの噛み合わせが最近悪くなってる感じはしていたから、ここらでオーバーホールするのも悪いことではなさそう。やってくれなくなったら困るものね。
新しいレンズに慣れようと135ばっかり使ってたからエントリー滞るかも。

  fragments -池袋